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奨学金返還支援を活用した採用戦略 代理返還制度の拡大と企業が取るべき対応

2026/7/3

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奨学金返還支援を活用した採用戦略 代理返還制度の拡大と企業が取るべき対応

人材不足が常態化する中、企業の採用競争は新たな局面を迎えている。近年は賃上げの進展により名目賃金は上昇基調にあるものの、物価上昇や将来不安の影響から、若年層の経済的負担感が大きく改善しているとは言い難い状況にある。

こうした負担の背景の一つに、奨学金返済の問題がある。大学生の約半数が何らかの奨学金を利用し、多くが貸与型であるため、卒業時点で数百万円規模の返済を抱えるケースも少なくない。この負担は長期にわたり家計に影響を与え続ける構造的課題である。

こうした状況を受け、企業が奨学金返済を支援する取り組みが広がっている。中でも、日本学生支援機構(JASSO)の「代理返還制度」は、企業が従業員に代わって直接返済を行う仕組みとして注目されており、導入企業数は急激に増加している。福利厚生と採用戦略を結びつける動きが進んでいる。

本記事のポイント

奨学金返還支援が注目される背景

奨学金返済は若年層の長期的な負担となっており、企業の支援ニーズが高まっています。

代理返還制度の導入が拡大

企業が直接返済するJASSOの代理返還制度は、採用力向上策として普及が進んでいます。

採用・定着を高める人的投資

制度設計や情報発信を工夫することで、人材確保と定着率向上が期待できます。

(1)奨学金問題の現状と企業への影響

日本の高等教育費(大学、短期大学、高等専門学校、専門学校といった「高等教育機関」で学ぶ際にかかる費用)は、国際的に見ても高い水準にあるとされている。一方で、公財政支出が少ないことから私費負担の割合が高く、結果として家計負担が大きい構造になっている。そのため、多くの学生が奨学金を利用せざるを得ない構造にある。

結果として、大学生の約50%が奨学金を利用し、その多くは返済義務のある貸与型である。特に問題となっているのが、卒業後の返済負担である。数百万円の債務を抱えて社会人生活をスタートするケースは珍しくなく、利息負担に加え、延滞が発生した場合には負担がさらに重くなる。

一方で、足元の雇用環境を見ると、人手不足を背景に賃金は上昇基調にあり、非正規雇用の増加も抑制されるなど、全体としては改善の動きも見られる。しかしながら、物価上昇の影響や賃上げの波及のばらつきにより、若年層の実質的な生活余力が十分に拡大しているとは言い難い。こうした状況においては、奨学金返済のような固定的な支出が家計に与える影響は依然として大きい。

特に問題となるのが、返済期間の長期化と負担の固定化である。奨学金は10年以上にわたり返済が続くケースが多く、転職や結婚、住宅取得といったライフイベントの意思決定にも影響を与える。また、収入が伸び悩んだ場合でも返済義務は原則として変わらないため、延滞や返済困難に陥るリスクも一定程度残る。

こうした奨学金問題は、若年層の消費行動やキャリア選択にも影響を及ぼしている。安定収入を優先した職業選択や、リスクを避ける行動が強まることで、企業側にとっては採用母集団の変化やミスマッチの増加につながる可能性がある。結果として、奨学金問題は個人の家計問題にとどまらず、企業の人材確保や定着にも影響を与える経営課題となっている。

(2)福利厚生としての奨学金返還支援の位置づけ

従来、福利厚生は住宅手当や通勤手当といった画一的な制度が中心であり、企業側が一律に提供する制度という性格が強かった。しかし近年は、人材獲得競争の激化や働き手の価値観の多様化を背景に、福利厚生の役割は大きく変化している。現在は、従業員が抱える個別の課題に対応する「支援型福利厚生」へとシフトしており、企業がどのような課題に寄り添うかが採用力を左右する要素となっている。

その中で注目されているのが、奨学金返還支援である。奨学金は住宅費や食費のような変動費とは異なり、長期にわたり固定的に発生する支出であるため、企業がこれを支援する意義は大きい。返済額の一部または全部を補助することで、従業員の可処分所得を直接的に押し上げる効果があり、生活の安定だけでなく心理的な安心感の醸成にも寄与する。

また、この施策は単なる補助にとどまらず、制度設計によっては給与引き上げに近い効果を効率的に実現できる点も特徴である。とりわけ、JASSOの「代理返還制度」のように企業が直接返済する仕組みを活用すれば、一定の税務上・社会保険上の取り扱いが整理されており、企業・従業員双方にとって合理性の高い支援方法の一つとなり得る。

さらに重要なのは、採用市場における訴求力である。現在の学生・若手人材は、初任給水準だけでなく「将来にわたる経済的安心」を重視する傾向が強まっている。奨学金返還支援は、このニーズに直接応える施策であり、「負債を軽減できるかどうか」という観点から企業選択に影響を与える要素となっている。

このように、奨学金返還支援は単なる福利厚生の一施策ではなく、従業員の生活基盤を支えながら採用競争力を高める戦略的な人的投資である。企業にとっては、賃上げだけでは対応し切れない課題に対し、よりターゲットを絞った形で価値を提供できる点において、その重要性は今後さらに高まると考えられる。

(3)代理返還制度の概要とメリット

こうした奨学金返還支援の中でも、特に注目されているのが、JASSOが提供する「代理返還制度」である。これは、企業が従業員本人に代わって奨学金の返還額を直接JASSOに送金する仕組みであり、従来の手当支給型の支援とは異なる特徴を持つ。

本制度の最大の特徴は、従業員の返済負担を「確実に軽減につながる点」にある。給与として支給する場合とは異なり、返済に充当されることが制度上担保されているため、従業員にとっては負債そのものが減少するという実感を得やすい。また、企業からの支援内容が明確に可視化されるため、福利厚生としての価値も認識されやすい。

さらに、一定の条件を満たすことで、従業員側では代理返還制度による支援分について、所得税が非課税として取り扱われる可能性があるほか、社会保険料算定にも影響しにくい点がメリットとして挙げられる。企業にとっても、給与として支給する場合に比べて効率的に従業員の可処分所得の向上につなげることができるため、コストと効果のバランスに優れた施策である。

こうした直接的なメリットに加え、採用力強化や若手人材の定着促進、さらには企業イメージの向上といった副次的な効果も期待できる。とりわけ現在の採用市場では、福利厚生の内容が企業選択の重要な判断材料となっており、奨学金返還支援は他社との差別化を図る上で有効な手段となっている。

実際、代理返還制度は2021年の制度開始以降、急速に普及している。制度開始当初は320社にとどまっていたが、2026年3月末時点では利用企業数が4,852社に達しており、短期間で導入が大きく拡大している。この背景には、若手人材不足の深刻化や採用市場の売り手化に加え、福利厚生による差別化競争の激化、さらには社会課題への対応を重視する企業姿勢の変化がある。

今後は、奨学金返還支援の重要性がさらに高まる中で、代理返還制度の導入企業も増加していくと見込まれる。これまで「先進的な取り組み」とされてきた同制度は、将来的には企業における標準的な福利厚生の一つとして定着していく可能性がある。

(4)自治体による奨学金返還支援制度の活用

企業による奨学金返還支援に加え、近年は自治体が主体となって実施する支援制度も広がっている。

例えば、東京都は、中小企業の人材確保対策として、建設・IT・ものづくり分野の都内中小企業等に対して奨学金返還支援事業を実施している。また、地方自治体では、地元企業への就職と居住を条件に、年間数万円から十数万円程度の補助を行う制度などが整備されている。これらの制度は、若年人材の確保や定着を促進することを目的とした施策である。

企業は、こうした制度を活用することで、自社単独で支援を行う場合に比べてコスト負担を抑えながら、実質的な支援効果を高めることが可能となる。奨学金返還支援は企業単独で完結する施策ではなく、自治体の支援制度と組み合わせることで、より高い効果が期待できる。自社が所在する地域の制度内容を把握し、戦略的に活用することが重要である。

(5)採用戦略としての活用ポイント

奨学金返還支援を採用戦略として機能させるためには、単に制度を導入するだけでは不十分である。重要なのは、自社の採用ターゲットや人材戦略と整合した形で設計・運用し、求職者に対して明確な価値として伝えることである。以下の観点が実務上のポイントになる。

①ターゲット人材との適合性

奨学金返還支援は、すべての人材層に均等な効果を持つわけではない。特に、若年層を中心とする奨学金利用者層に加え、学費負担が相対的に大きい理工系分野の人材に対しては、高い訴求力を持つと考えられる。

一方で、既卒中堅層や管理職層に対しては効果が限定的となるケースも多く、自社が重点的に採用したい人材像との適合性を見極めることが重要である。

②情報発信の工夫

制度の存在を適切に伝えなければ、採用効果は十分に発揮されない。採用サイトや求人票においては、「奨学金返還支援あり」といった抽象的な表現にとどまらず、支給額や支援期間、代理返還の有無などを具体的に明示することが望ましい。また、社員インタビューや事例紹介を通じて活用イメージを提示することで、応募者の理解と関心を高めることができる。

③制度設計の柔軟性

支給額や対象者、支援期間などの設計によって、制度の効果は大きく変わる。例えば、一定期間の継続勤務を条件とすることで、定着率向上と連動させる設計が可能である。また、支援額を段階的に増やすなど、キャリア形成と結び付けた制度設計とすることで、より長期的な人材確保につなげることができる。

④他制度との組み合わせ

奨学金返還支援単体でも一定の訴求力はあるが、住宅補助や教育研修制度などと組み合わせることで、総合的な魅力を高めることができる。特に、生活費負担の軽減と自己成長支援を同時に打ち出すことで、「働きやすさ」と「成長機会」の両立を訴求でき、企業としての魅力をより立体的に伝えることが可能になる。

⑤社内浸透と公平性の担保

制度導入にあたっては、既存社員との公平性や納得感の確保も重要な視点となる。対象者や支援条件を明確に定義し、社内への十分な説明を行うことで、不公平感や不信感を抑制することが求められる。また、奨学金利用者以外の社員に対しても、別の形での福利厚生や支援策を組み合わせるなど、全体最適の観点から制度を設計することが求められる。

このように、奨学金返還支援は「導入の有無」だけでなく、「どのように設計し、どのように伝えるか」によって採用効果が大きく左右される。制度を戦略的に活用することで、採用力と定着率の双方を高めることができる。

(6)奨学金返還支援に関するよくある質問

Q1.奨学金返還支援は本当に採用に効果がありますか?

はい、効果は高いと考えられています。奨学金返還支援は、特に奨学金利用者にとって将来にわたる返済負担の軽減につながるため、応募先企業の選択において重要な判断材料となります。近年は給与水準だけでなく福利厚生の内容を重視する傾向が強まっており、その中でも奨学金返還支援は差別化要素として機能しやすい施策です。

Q2.奨学金返還支援は中小企業でも導入可能ですか?

はい、可能です。奨学金返還支援は支援額や対象者、支援期間を柔軟に設計できるため、自社の経営状況に応じた運用ができます。例えば、新卒社員に限定したり、一定の勤続年数を条件としたりすることで、無理のない範囲で導入することが可能です。

Q3.奨学金返還支援を行うことで税務面のメリットはありますか?

奨学金返還支援を行うことで、一定の条件を満たす場合、とりわけJASSOの代理返還制度を活用した場合には、従業員側では支援分について所得税が非課税として取り扱われる可能性があり、企業側では人件費として損金算入できる場合があります。特に代理返還制度を活用した場合は、直接返済という性質から税務上の取り扱いが整理されており、給与引き上げに比べて効率的に支援を行える点がメリットです。

Q4.奨学金返還支援は離職防止にも効果がありますか?

はい、効果が期待できます。奨学金返還支援は継続的に支給されるケースが多いため、従業員にとっては長く働くインセンティブとして機能します。例えば、一定期間の在籍を条件とする制度設計にすることで、若手人材の早期離職を抑制し、定着率向上につなげることが可能です。

Q5.奨学金返還支援を導入する際の注意点は何ですか?

奨学金返還支援を導入する際の主なポイントは、公平性の確保と制度設計の明確化です。対象者や支援内容を明確に定め、社内で十分に説明することが重要です。また、奨学金利用者以外の社員とのバランスにも配慮し、ほかの福利厚生との組み合わせを検討することで、不公平感の発生を防ぐことができます。制度の目的を明確にし、採用戦略や人材定着とどのように連動させるかを整理することが成功のカギになります。

(7)まとめ

奨学金問題は、学費の高騰や制度構造を背景に、若年層の生活とキャリアに長期的な影響を及ぼしている。賃金上昇などの前向きな変化が見られる一方で、返済負担は依然として残り続ける構造的な課題である。

こうした中、奨学金返還支援は企業の採用力や人材定着に直結する戦略的施策として注目されている。JASSOの代理返還制度に加え、近年は自治体の支援制度も広がっており、それぞれの制度内容を踏まえながら活用することで、支援の実効性を高めることが可能となる。

これからの採用戦略では、賃金だけでなく将来不安への対応が重要となる。奨学金返還支援を人的投資として捉え、外部制度も含めて活用することが、採用競争における優位性の確立につながる。

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