人的資本経営は従来の経営手法と何が違うのか?
2025/4/16

(1)人的資本経営とは
人的資本経営とは、企業が従業員を単なる労働力としてではなく、重要な資産として捉え、その価値を最大化するための経営手法である。人的資本の考え方は、18世紀の経済学者であるアダム・スミス氏が「国富論」の中で、人材を資本として捉えることに言及したことを起源としている。
従来の経営手法では、財務資本や物的資本が重視されてきたが、人的資本経営では、従業員のスキル、知識、経験、創造性などが企業の競争力を高める要素として重視される。具体的には、従業員の教育・訓練、キャリア開発、働きがいの向上、健康管理などを通じて、従業員の能力を引き出し、企業全体のパフォーマンスを向上させることを目指す。
また、人的資本経営は、企業の持続可能性(サステナビリティ)や社会的責任(CSR)とも深く関連している。企業が従業員を大切にし、その成長を支援することで、社会全体の福祉向上にも寄与することが期待される。
このような背景から、人的資本経営は単なる経営手法の一つではなく、企業の社会的責任を果たすための重要なアプローチとして位置づけられている。
(2)なぜ人的資本経営が注目されるのか?
人的資本経営が注目される背景には、いくつかの要因がある。まず、グローバル化や技術革新の進展により、企業の競争環境が激化していることが挙げられる。このような環境下では、他社との差別化を図るために、従業員の能力や創造性が重要な競争要因となる。また、少子高齢化や労働力の多様化により、優秀な人材の確保が難しくなっていることも、人的資本経営の重要性を高めている。
日本では、2020年に経済産業省が公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」(通称、人材版伊藤レポート)が大きな契機となった。この報告書は、企業が人的資本をどのように管理し、開示するべきかについて具体的な指針を示し、企業経営における人的資本の重要性を強調した。
2021年には東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コード(上場企業が行う企業統治における指針)を改訂し、上場企業に対して人的資本に関する情報開示を求めるようになった。さらに、2023年1月の「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正により、有価証券報告書を発行している大手企業、約4,000社は、2023年3月決算以降、有価証券報告書において人的資本開示が義務づけられた。有価証券報告書に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設されるとともに、人的資本・多様性やコーポレートガバナンスに関する情報の開示を拡充した。
(3)人的資本経営に取り組むメリット
現状、人的資本開示が義務化されていない中小企業等においても、人的資本経営に取り組むことは、さまざまなメリットがある。
- ・従業員のモチベーションとエンゲージメントの向上
- 人的資本経営では、従業員の成長やキャリア開発に重点を置く。これにより、従業員は自分が企業にとって重要な存在であると感じ、仕事に対するモチベーションが高まる。また、定期的なフィードバックや評価制度を通じて、従業員の貢献が認識されることで、エンゲージメントが向上する。高いエンゲージメントは、生産性の向上や離職率の低下につながる。
- ・イノベーションの促進
- 人的資本経営は、従業員の多様な視点やアイデアを尊重し、活用することを重視する。これにより、従業員が自由に意見を出し合い、新しいアイデアや解決策が生まれやすくなる。多様なバックグラウンドを持つ従業員が協力することで、革新的な製品やサービスの開発が促進され、企業の競争力が強化される。
- ・離職率の低下と優秀な人材の確保
- 人的資本経営に取り組む企業は、従業員の働きやすい環境を整え、キャリア開発の機会を提供する。これにより、従業員の満足度が高まり、離職率が低下する。また、企業の評判が向上し、優秀な人材を引きつけやすくなる。
- ・生産性の向上
- 従業員のスキルや知識を最大限に活用することで、業務効率が向上し、生産性が高まる。人的資本経営では、従業員の教育・訓練に投資し、最新の技術や知識を習得させることを重要視する。これにより、従業員は業務を効率的に遂行できるようになり、企業全体の生産性が向上する。
- ・社会的評価の向上
- 人的資本経営を実践する企業は、社会的責任を果たす姿勢が評価され、投資家や顧客からの信頼を得やすくなる。企業が従業員を大切にし、その成長を支援する姿勢は、社会全体から高く評価される。これにより、企業のブランド価値や市場価値が向上し、長期的な成長が期待される。
- ・健康管理とワーク・ライフ・バランスの向上
- 人的資本経営では、従業員の健康管理やワーク・ライフ・バランスの向上にも力を入れる。健康診断やメンタルヘルス対策、柔軟な勤務制度などを導入することで、従業員の健康状態が改善され、病欠の減少や生産性の向上が見られる。また、ワーク・ライフ・バランスが整うことで、従業員の満足度が高まり、長期的な雇用関係が築かれる。
(4)何を開示すればよいのか?
人的資本を開示する際の内容は、2022年8月に内閣官房が発表した「人的資本可視化指針」で6つの分野を例示している。
- ①人材育成分野
- 研修時間/研修費用/パフォーマンスとキャリア開発につき定期的なレビューを受けている従業員の割合/研修参加率/研修と人材開発の効果/リーダーシップの育成 等
- ②従業員エンゲージメント分野
- 従業員エンゲージメントの状況
- ③流動性分野
- 離職率/定着率/新規雇用の総数と比率/離職の総数/採用・離職コスト 等
- ④ダイバーシティ分野
- 属性別の従業員・経営層の比率/男女間の給与の差/正社員・非正規社員等の福利厚生の差/育児休業等の後の復職率・定着率 等
- ⑤健康・安全分野
- 労働災害の発生件数・割合、死亡数等/安全衛生マネジメントシステム等の導入の有無、対象となる従業員に関する説明 等
- ⑥コンプライアンス・労働慣行分野
- 人権レビュー等の対象となった事業(所)の総数・割合/深刻な人権問題の件数/差別事例の件数・対応措置/団体労働協約の対象となる従業員の割合/業務停止件数/コンプライアンスや人権等の研修を受けた従業員割合/苦情の件数 等
これらの例示を参考に、自社の人的資本への投資や人材戦略にもとづいて開示事項を検討する。
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