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金利上昇局面で問い直される人事戦略 賃上げと雇用管理の再設計と対応ポイント

2026/7/10

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金利上昇局面で問い直される人事戦略 賃上げと雇用管理の再設計と対応ポイント

長らく低金利環境が続いてきた日本経済は、2024年3月に日本銀行がマイナス金利政策を解除したことで、転換点を迎えた。その後、段階的な利上げが行われ、2026年6月の金融政策決定会合において、政策金利を1.0%へ引き上げることが決定された。これは1995年9月以来、約31年ぶりの高水準である。

こうした金融政策の転換は資金調達コストの上昇を通じて企業経営に直接的な影響を及ぼすだけでなく、賃金水準や雇用慣行といった人事領域にも波及する。

もはや人事戦略は、労働市場の動向だけを見ていればよい時代ではない。資本コストを意識した経営の中で、人材投資の在り方そのものが問い直される局面に入ったのである。本記事では、金利上昇局面における企業の人事戦略、とりわけ賃上げと雇用管理の再設計について整理する。

本記事のポイント

人件費は「投資」の時代へ

金利上昇により、人件費をコストではなく戦略的な人材投資として捉える視点が重要です。

賃上げは重点配分がカギ

一律の賃上げではなく、重要人材や高付加価値領域への戦略的な配分が求められます。

人事部門に求められる変革

データ活用や人的資本の可視化を進め、経営と連動した人事戦略が必要です。

(1)金利上昇が企業経営と人件費に与える構造的影響

金利上昇は企業にとって資金調達コストの増加を意味する。借入依存度が高い企業ほど財務負担が重くなり、投資判断のハードルも上がる。その結果、設備投資などとならびコスト構造全体の見直しが進み、固定費の代表格である人件費にも見直し圧力が及ぶ。

加えて、資本コストの上昇は投資全般の採算性を厳しくする。人的資源への投資についても例外ではなく、「どの領域に、どれだけ投資し、どのような成果を生むか」という視点が不可欠となる。人件費は単なる費用ではなく、資本効率の観点から評価される対象へと位置づけが変わるのである。

一方で、インフレーション(インフレ)と金利上昇が同時に進行する場合、実質賃金の維持・向上に対する社会的要請は強まる。実際、政府は2025年5月の「新しい資本主義実現会議」において、2029年度までの5年間で実質賃金を年1%程度引き上げる目標を掲げた。これは物価上昇を上回る賃金上昇の定着を目指すものである。

さらに日本経済団体連合会(経団連)も、2026年の春季労使交渉に向けて、基本給を底上げするベースアップ(ベア)を賃金交渉の「スタンダード」と位置づけ、企業に対して継続的な賃上げの実施を呼び掛けている。こうした動きは、賃金をコストではなく人的投資として捉える方向への転換を示している。

人手不足が常態化している日本では、賃上げを抑制することが人材流出や採用難につながるリスクは大きい。さらに専門人材を中心に企業間競争は激化しており、賃金水準は競争力そのものと直結している。

つまり企業は、「コスト削減としての人件費抑制」と「競争力維持のための賃上げ」という二律背反に加え、短期の財務最適化と中長期の人材投資という時間軸の課題にも同時に向き合う必要がある。

この構造的矛盾に対処するためには、人件費を単なるコストではなく「戦略的投資」として再定義する視点が不可欠である。総額の抑制ではなく配分の最適化を重視し、資本コストを上回る付加価値を生む領域へ重点的に資源を配分することが求められるのである。

(2)賃上げの再設計――一律から差別化へ

これまでの賃上げは、ベアや定期昇給を中心とした「横並び型」が主流であった。しかし金利上昇によってコスト制約が強まる中、この手法は持続可能性の観点から見直しが求められている。

今後は、成果や役割に応じた「差別化賃上げ」の重要性が高まると考えられる。限られた原資の中で人材競争力を維持・強化するためには、賃上げの配分そのものを戦略的に設計する必要がある。具体的には、以下の3点が実務上のポイントとなる。

①付加価値創出に直結するポジションへの重点配分

DX人材や高度専門職など、競争優位の源泉となる人材については、市場水準を意識した報酬設計が重要な要素となる。こうした人材は代替が難しく、採用・定着のいずれにおいても賃金水準の影響を強く受けるためである。結果として、人件費の“総額管理”から“重点配分”への意識転換が求められている。

②固定給と変動給のバランスの見直し

固定給の比率を維持したまま一律に引き上げる手法は、企業の固定費負担を高めやすい。これに対し、業績連動賞与やインセンティブといった変動給を組み合わせることで、人件費を企業の収益構造と連動させることが可能となる。これにより、外部環境の変化に対する耐性を高めつつ、従業員の成果志向も促進できる。

③非金銭報酬の拡充

柔軟な働き方やキャリア開発機会、職務設計の裁量といった非金銭的要素は、従業員の満足度や定着に大きな影響を与える。金銭的な賃上げ余力が限られる局面においては、これらを含めた「総報酬」の観点から価値を再構築することが現実的な選択肢となる。

さらに重要なのは、これらの施策を個別に実施するのではなく、一体的に設計することである。賃上げの効果は単純な金額の増減だけでなく、配分の納得感や評価制度との整合性によっても大きく左右されるためである。

すなわち賃上げとは単なる給与の引き上げではなく、「報酬ポートフォリオの再設計」として捉える必要があるのだ。

(3)雇用管理の再構築――固定型から流動型へ

金利上昇は企業に経営の機動性を求める。市場環境の変化に迅速に対応するためには、雇用の在り方そのものを見直す必要がある。

従来の日本型雇用は長期雇用・年功序列の処遇を前提としており、人件費の固定化を招きやすい構造であった。しかし今後は、職務やスキルにもとづいたジョブ型雇用の要素を取り入れるなど、人的資源を柔軟に再配置していく動きが広がりつつある。

また、正社員だけに依存しない人材ポートフォリオの構築も重要となる。外部人材の活用、副業・兼業の受け入れ、業務委託といった多様な形態を組み合わせることで、固定費化を抑えながら必要なスキルを機動的に確保することが可能となる。

さらに重要なのが、リスキリングの推進である。政府は近年、リスキリング支援の強化を打ち出し、企業と個人双方に対する助成や教育機会の整備を進めている。こうした政策環境の変化も背景に、企業においても既存人材の能力開発を前提とした人材戦略への転換が現実的な選択肢となりつつある。

既存人材の能力転換を図ることで、新規採用コストを抑制しながら競争力を維持することが可能となる。特に金利上昇局面においては、外部調達に依存するモデルはコスト面での制約を受けやすく、「採るより育てる」という方針の重要性が一層高まる。

雇用の流動性を高めつつも、人材の内部育成を強化する――その両立こそが、これからの雇用管理に求められる方向性と言える。

(4)人事部門に求められる役割の進化

これらの変化を踏まえ、人事部門の役割も大きく変わる。従来のオペレーション中心の機能から、経営戦略と密接に連動する「戦略パートナー」への転換が不可欠である。定型業務の正確性に加え、企業価値を高める意思決定への関与が求められている。

具体的には、人的資本のROI(投資収益率)を可視化できる環境を整備し、それを経営に提示していくことが求められる。人材投資がどの程度の付加価値を生んでいるのかを定量的に示すことで、経営判断への説得力が高まる。採用や育成への投資が、業績や生産性の向上にどのようにつながるのかを説明できることが重要となる。

次に、データドリブンな人事運営である。人件費やパフォーマンス、離職率などの指標を統合的に分析し、最適な打ち手を導く力が求められる。さらに、それらのデータを経営指標と結びつけて解釈することで、人事施策の位置づけがより明確になる。

そして最後に、社内外への説明責任の強化である。人的資本開示の流れが進む中、人事施策の合理性と戦略性をステークホルダーに対して明確に示す必要がある。従業員に対しては処遇についての納得感を、投資家に対しては投資意義を、それぞれ適切に説明することが求められる。

人事はもはやバックオフィスではなく、企業価値創造の中核機能である。その役割は、コスト管理から価値創出へとシフトしている。

(5)金利上昇局面での人事戦略に関するよくある質問

Q1.金利上昇時に賃上げは控えるべきでしょうか?

一概に抑制すべきではありません。確かに金利上昇はコスト増加につながりますが、賃上げを控えることで人材流出や採用競争力の低下を招くリスクもあります。人材市場の動向や自社の競争環境を踏まえ、重要なポジションや高付加価値領域に重点配分するなど、メリハリのある賃上げ戦略を検討することが重要です。

Q2.中小企業でも差別化賃上げは可能でしょうか?

可能です。中小企業は大企業と比べて原資が限られるため、一律の賃上げではなく、重要ポジションや中核人材に絞った配分が現実的です。例えば、事業の成長に直結する職種や代替が難しい人材に優先的に報酬を配分することで、限られた資源でも効果的な賃上げが実現できます。また、非金銭的な報酬を組み合わせることも有効な手段です。

Q3.ジョブ型雇用への移行は必須でしょうか?

全面的に移行する必要はありませんが、職務の明確化や評価基準の見直しは避けられない課題となっています。特に専門性が高い職種では、役割や成果にもとづく処遇の透明性がより強く求められています。現行の制度を維持しつつも、職務内容を明確にする取り組みや評価制度の改善を進めることで、段階的な対応が可能です。

Q4.人件費削減と人材投資は両立するのでしょうか?

両立は可能です。ポイントは単純な削減ではなく、コストの見直しと再配分にあります。非効率な業務や付加価値の低い領域のコストを削減し、成長分野や重要人材への投資に振り向けることで、企業全体の競争力を高めることができます。短期的なコスト最適化と中長期的な価値創出の両立を意識した設計が重要です。

Q5.人事部門のデータ活用はどこから始めるべきでしょうか?

まずは人件費と生産性の関係を把握する基本指標の整備から始めるのが有効です。例えば、従業員一人あたりの売上高や付加価値といった指標を可視化することで、人材投資の効果を把握しやすくなります。こうした基礎データをもとに、離職率やパフォーマンス指標などを段階的に組み合わせることで、より高度な分析へと発展させることができます。

(6)まとめ

金利上昇局面は、企業にとって単なる財務環境の変化ではなく、人事戦略の転換点である。賃上げは一律から差別化へ、雇用は固定から流動へとシフトし、人事部門は経営の中核として再定義される必要がある。こうした変化は個別の施策にとどまらず、人材マネジメント全体の考え方そのものの見直しを迫るものである。

重要なのは、人件費を削減対象としてではなく、競争力を生む投資として捉える視点である。限られた資源をいかに配分し、いかに価値を最大化するか。その問いに正面から向き合う企業だけが、金利上昇時代に持続的な成長を遂げることができるのである。

さらに今後は、賃金水準や雇用形態といった個別要素の最適化だけでなく、人材ポートフォリオ全体をどう設計するかが重要となる。外部環境の変化に柔軟に対応しながら、内部での育成と活用を両立させる戦略が、企業の競争優位性を左右する。金利上昇という制約の中でこそ、人事戦略の質が企業価値の差として表れる局面に入っているのである。

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