【2026年10月施行】労働施策総合推進法等改正のポイント カスハラ・就活セクハラの対策義務化と企業の実務対応
2026/6/29

2026年10月に施行される労働施策総合推進法等の改正は、企業のハラスメント対策の枠組みを大きく転換するものである。これまでのハラスメント規制は、主として社内における上司・部下関係や同僚間といった「職場内部の人間関係」に起因する問題を中心に構築されてきた。
しかし実務の現場では、顧客や取引先からの過度な要求、あるいは採用活動の場面での不適切な言動といった「社外起点」の問題が顕在化しており、従来の枠組みでは十分にカバーしきれない状況にあった。
今回の改正では、このギャップを埋めるべく、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策と求職者等に対するセクシュアルハラスメント(セクハラ)対策が明確に義務化される。いずれも企業にとっては「従来も課題として認識されていた領域」ではあるが、これを法的義務として明確に位置づけた点に意義がある。
今後は、単にクレーム対応や採用マナーの問題として処理するのではなく、人事労務管理の一環として体系的に対応することが不可欠となる。本記事では、厚生労働省の指針に沿って改正内容を整理するとともに、企業に求められる実務対応を具体的に解説する。
(1)2026年改正の本質――「社外を含むハラスメント管理」への転換
今回の改正の本質は、ハラスメント対策の対象が「企業内部」から「企業活動全体」へと拡張された点にある。これまでハラスメントは、組織内部の人間関係に起因する問題として捉えられてきた。ただし現実には、企業活動の中で従業員が直面するストレス要因は、必ずしも社内に限定されない。
特に顕著なのが、顧客や取引先による言動である。近年は、過度な要求や威圧的な言動、さらにはSNSを通じたひぼう中傷など、従業員の就業環境を著しく悪化させる事例が顕在化している。また、採用活動においても、面接やインターンの場での不適切な言動が社会問題化しており、企業の対応が問われる場面が増えている。
こうした状況を受け、今回の改正では、以下が新たに規制対象として位置づけられた。
これは、言い換えれば、ハラスメント対策が「職場管理」から「企業行動全体の統治」へと拡張したことを意味する。
特に重要なのは、これらの領域が従来は現場判断や個人裁量に委ねられやすかった点である。営業担当者の裁量、採用担当者の判断、現場責任者の経験則といった属人的な対応から、組織的・制度的な管理へと移行する必要がある。今回の改正は、その転換を制度的に促すものである。
(2)カスハラ対策の法的整理
改正では、カスハラの定義が明確に定義された点も重要である。具体的には、以下の3要素をすべて満たす場合に該当すると整理されている。
- ①顧客等の言動であること
- ②社会通念上許容される範囲を超えること
- ③労働者の就業環境が害されること
ここで実務上重要なのは、「顧客対応の一環として受け入れるべきクレーム」と「ハラスメント」との線引きである。すべての苦情がカスハラに該当するわけではなく、要求内容の合理性や対応方法の相当性が判断基準となる。例えば、サービス改善を求める正当な要望は当然ながらハラスメントではない。
一方で、以下のような内容はハラスメントに該当し得る。
▽内容面での不当性
- ・根拠のない過剰要求
- ・業務範囲を逸脱した対応の強要
▽手段・態様の不適切性
- ・暴言や威圧的言動
- ・執拗な繰り返し要求
- ・長時間拘束
つまり、単に何を求めているかだけでなく、どのように要求しているかも含めて総合的に判断される。さらに、SNSや電話など対面以外の手段も含まれるため、対応領域は広範に及ぶ。
このように定義を正確に理解することは、現場の判断基準を整備する上で不可欠である。あいまいな理解のままでは、「顧客優先」の名のもとに過剰対応が常態化し、結果として従業員の離職やメンタル不調につながるリスクがある。
(3)カスハラ対策における企業の義務
カスハラ対策において企業に求められるのは、単なる注意喚起ではなく、具体的かつ体系的な対応である。まず不可欠となるのが、方針の明確化である。企業は、カスハラに対して毅然(きぜん)と対応し、従業員を保護する姿勢を明文化し、組織内に周知する必要がある。
さらに重要なのが、現場で機能する対応ルールの整備である。
例えば、以下のような行動指針を事前に定めておくことが求められる。
- ・エスカレーションの基準
- ・単独対応をさせない体制
- ・警察通報を含む対応判断
さらに、相談体制の整備も不可欠である。相談窓口の設置だけでなく、担当者が適切に対応できるよう研修や体制整備を行う必要がある。現場で起きた問題が適切に吸い上げられなければ、制度として機能しない。
そして最も重要なのが、事後対応のプロセスである。以下の一連の対応が義務として明示されている。
- ・迅速かつ正確な事実確認
- ・被害者への配慮措置
- ・再発防止策の実施
加えて今回の改正の特徴として、悪質事案への対応方針を事前に定める義務がある点は見逃せない。これは、現場判断に委ねるのではなく、企業として対応の上限・限界を明確にしておくべきことを意味する。
今後は、「クレームは顧客満足の源泉」という従来の発想だけではなく、「労働環境を守るための線引き」を組織的に設計することが重要になる。
(4)求職者等に対するセクハラ対策
求職者等に対するセクハラ対策は、採用活動の在り方そのものを見直す契機となる。対象となる「求職者等」には、応募者だけでなく、インターンシップ参加者やOB訪問の学生、さらには実習生まで含まれるため、その対象範囲は想像以上に広い。
定義としては、労働者による性的な言動により、求職活動や職業選択に影響が生じるものが該当するものとされる。以下のような類型が典型例として示されている。
- ・性的関係の要求
- ・私的な関係への誘導
- ・性的な発言や冗談
ここで留意すべきは、これらが対面に限らず、SNSやオンライン上のやり取りも含まれる点である。近年は採用活動のデジタル化が進んでおり、オンライン面談やチャットによるコミュニケーションが一般化しているため、管理対象はさらに広がっている。
企業に求められる対応として特に重要なのが、「採用活動のルール化」である。「面談場所や時間」「使用する連絡手段」「面談の実施体制」などを明確化し、担当者の裁量に委ねない仕組みを構築する必要がある。
また、相談窓口についても、従業員だけでなく求職者が利用できる形で設計することが求められる点が特徴的である。さらに、違反行為に対する厳正な処分方針を明示し、抑止力を高めることも重要である。採用活動は企業イメージに直結する領域であるだけに、対応の遅れは大きなレピュテーションリスク(企業評価の低下が経営に影響を及ぼす可能性)にもつながる。今回の改正は、そのリスクを制度的に可視化したものである。
(5)カスハラ・就活セクハラに関するよくある質問
Q1.カスハラはどこからが該当しますか?
カスハラは、①顧客等の言動であること、②社会通念上許容される範囲を超えること、③労働者の就業環境が害されること、の3要素を満たす場合に該当します。単なるクレームや要望は直ちにカスハラにはなりませんが、暴言や威圧的な言動、執拗(しつよう)な要求など「手段や態様」が不適切な場合には該当する可能性があります。
Q2.今回の法改正で企業は具体的に何をしなければなりませんか?
今回の改正では、「カスハラ対策」と「求職者等に対するセクハラ対策」で求められる対応内容がそれぞれ定められています。
まず、カスハラ対策については、従業員を保護する観点から、以下のような雇用管理上の措置を講じる必要があります。
- ・カスハラに対して毅然と対応する方針の明確化と周知
- ・相談窓口の設置と対応体制の整備
- ・事実関係の確認、被害者への配慮、再発防止の実施
- ・悪質な事案への対応方針の事前策定
次に、求職者等に対するセクハラ対策については、採用活動全体の適正化という観点から、以下のような対応が求められます。
- ・セクハラを行ってはならない旨の方針の明確化と周知
- ・面談方法や連絡手段など採用活動に関するルールの整備
- ・求職者も利用できる相談窓口の設置
- ・事実関係の確認、被害者への配慮、再発防止の実施
このように、両者はいずれも義務化されるものの、カスハラ対策は「従業員保護」、セクハラ対策は「採用活動管理」に重点が置かれている点が大きな違いです。
Q3.カスハラ対策ではどのようなルールを決める必要がありますか?
代表的なものとして、以下のような項目をあらかじめ定めておく必要があります。
- ・エスカレーションの基準(どの段階で上司・本部対応に切り替えるか)
- ・従業員を一人で対応させない体制
- ・悪質な場合の対応方針(対応打ち切り、警察への相談など)
企業として「どこまで対応し、どこで線を引くか」を明確にすることが実務上のポイントです。
Q4.求職者に対するセクハラ対策はどこまで必要ですか?
対象は応募者に限らず、インターン参加者、OB訪問の学生、実習生など幅広く含まれます。また、対面だけでなく、SNSやオンライン面談などのコミュニケーションも対象です。
企業には、面談ルールや連絡手段、対応体制などを明確化し、採用活動全体を適切に管理することが求められます。
Q5.対応しない場合、どのようなリスクがありますか?
法令違反となるリスクに加えて、以下のような影響が考えられます。
- ・従業員の離職やメンタル不調
- ・求職者の応募離れ
- ・SNSでの炎上や企業イメージの低下
特に採用活動における不適切な対応は、レピュテーションリスクとして経営に直接影響を与える可能性があります。
(6)まとめ
2026年の法改正は、ハラスメント対策を「企業活動全体の統治」に引き上げるものである。カスハラ対策と求職者等へのセクハラ対策の義務化により、企業は顧客対応や採用活動といった従来の周辺領域まで含めた管理責任を負うこととなった。
実務上の最大の論点は、現場に委ねられてきた判断をいかに統制するかにある。顧客対応や採用面談といった場面は、これまで担当者の経験や判断に依存する部分が大きかった。しかし今後は、企業として方針・ルール・対応プロセスを明確化し、一貫した運用を行うことが求められる。
また、相談・対応の履歴を適切に管理し、検証可能な状態を維持することも重要である。これは単なる内部管理にとどまらず、説明責任や紛争対応の観点からも欠かせない要素となる。
今回の改正は、単なるコンプライアンス対応ではなく、企業のリスクマネジメント体制を再設計する契機である。人事労務担当者は、制度対応にとどまらず、組織運営全体を見直す視点を持つことが求められる。
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